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父、塔矢行洋 [短編]

ボクの絶対的存在であった人物は父だった。

物心ついた時から父を目指し、越えたいと思っていた。


語るよりも目で示唆する。

言葉にするのが不器用な人。

いや、言葉など必要ないと思っているのかもしれない。

それでいて冷たいわけでなく

正しい道に導こうと考えてくれている。


しかし、そんな関係が少しずつ変わってきている。

タイトルを惜しむことなく自由に打つ為に手放した。

そんな父に疑念を抱いたこともあった。

思い切って『どうして?』と

問おうとしたが止めた。

その時、ボクは父とボクは違うのだと知った。

理由を聞いてもボクには理解できないかもしれない。


ボクとお父さんの間でお母さんは懸け橋になってくれている。

 
「アキラさん、お父さんが聞いていらっしゃったわ。もうすぐアキラの

誕生日だが、何を贈ったらいいだろうかって?」

久しぶりの母の声に懐かしさがこみ上げてくる。

中国に行ってから随分と時間が過ぎていた。


「別にこれとって欲しいものはありませんが」

申し訳ないが本当に今欲しいものはない。

「私もそう言ったのよ」

「お父さんはそういう事は余り気にしない方ではなかったのに」

「現役の頃は必要以上にお互い棋士という事を事意識なさっていたから

それがなくなって何かを贈りたいと思ったのでしょうね」

「では、今度こちらに戻られたら食事をしましょうと

伝えてください」

「ええ。そう伝えるわね。アキラさん、くれぐれも体に気を付けて」

「はい。お母さんも気を付けてください。お父さんにもよろしく」


父は携帯電話を持っていない。

多分持っていたとしても自分では電話はしないだろう。


父は囲碁以外は無頓着だ。

母のサポートがなければ到底暮らしていけない。

少しだけ羨ましい気がした。

自分の時間をすべて碁に費やせる。


ー十二月十四日ー

対局が終わって帰宅しようとすると携帯電話が震えた。

「?」

と思って見ると母の携帯電話の番号だった。

何かあったのでは?と少し不安になりながら出ると

意外な人の声がした。


「・・・アキラか?」

「お父さん?」

もしや母に何かあったのではと驚いた。

父にもそれは伝わったらしい。

「明子も私も特に変わりない。年末にはそちらに帰るので

その知らせだ」

母でなく父が?

「・・・・おまえは小さい頃から茶碗蒸しが好きだったから

日本料理の店を明子に予約を頼んだ」


不器用な父らしい・・・。

思わず笑いそうになった。

多分、自分のせいでボクが囲碁の世界に入ったのではと

気にしているのだろう。


「ありがとうございます。楽しみにしています」

今までの父とは少しずつ違ってきている。

その父も以前の父もボクは好きだ。








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