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ANOTHER STORY(52) [長編]

「そうまでしてキミはボクを避けたいのか?」

天野がいなくなるとアキラはぼそりと言った。

「はあ?訳のわかんねえ取り方をするなよ」

「地方に行けばボクを避けれると思っているんじゃないのか?」

「はっ!バカらしい。俺はただ囲碁を広めたいそれだけだ。

おまえだって囲碁人口が減ってんの知ってるだろう?」


「・・・・・キミは囲碁の事しか頭にないんだな、いつも」

アキラは尚も絡んでくる。


「俺はおまえのそうだと思ってたよ。少なくとも少し前までは」

残念そうに言った。

まるで見込み違いだったという感じで。

「無責任な事を言えるな!誰のせいだと思ってるんだ?」

「俺のせいだとでも?」

「そうだ!キミさえ現れなければボクは・・・・

まっすぐ歩いていたよ」

「だから解消しようって言ってんだろ!?」

「それは無理だ・・・!もう遅い」

苦しそうに言う。

「どうして?俺たちだけしか知らない事だろ」

「なかった事になんか出来ない」

「塔矢・・・・」

ヒカルの表情も曇る。



「塔矢、頼むからおまえの碁を大切にしてくれ」

ヒカルはつらそうな顔で絞り出すように言った。

「・・・・・」

尋常でない様子にアキラも言葉を失った。


「打てる事がどんなに幸せな事か、それすら叶わない奴だって

居るんだから・・・・」

零れそうになる涙を拳で拭った。

「進藤・・・・」


「なんでもねえ」

誤魔化せない。

それは自分でも分かっていた。

それでもそういうしかなかった。


あいつは碁の楽しさをたくさんの人に教えたかったはずだ。

代わりそれをやってやりたい。










孤高の彼方(52)A [長編]

対局場が出てきたヒカルの前に現れたのはアキラだった。

ヒカルは特に気にする様子もなく通り過ぎようとすると

ぐっと肩を掴まれた。

その手を軽く振りほどくと何事もなかったように再び歩き出す。


「進藤」

何度も聞いた声。


自分に対して無関心であることが許せない。

他の誰より近い存在でありたい。

アキラはそう思っていた。


「・・・・おまえは変わらないな」

冷ややかな目で突き放すように言った。


「キミだってそうじゃないか!いつもいつもいボクを振り回して」

もどかしさで感情が抑えられない。

「俺はただあんな悲しい思いはもうしたくないんだただけだ」


涙が零れそうになるのをぐっと堪えた。

何も覚えていないのに深い悲しみだけが心を覆っていた。


「キミは同じ事をするためにいるんじゃない。そう言ったな」

「ああ」

「だが、矛盾していないか?」


「・・・・なくしたものを思い出さなければ俺は前に進めない。

そのカギは碁にある。それは確かだ。秀策その言葉の本当の意味を

知るために俺は行動している」

感情を取り戻すためにもそれは不可欠だ。


「キミが憎いよ。だけどキミにそこまで想われている誰かが

ボクはその何倍も憎い!」

燃えるような瞳、それは明らかな嫉妬だ。


「俺はあの時と同じ事を言うつもりはない!」

流されるわけにはいかない。

それはこいつをもっと傷つける事になる。

記憶がなくてもそれは分かる。



「ああっと塔矢名人の息子さんのアキラくんだね?」

突然、声がした方を見ると高永夏を連れてきた記者が立っていた。


今の会話を聞かれた?

いや、多分大丈夫だろう。

ヒカルはそのまま立ち去った。

アキラは話を続けるために追おうとしたが

記者を無視するわけにも行かなかった。


「父は関係ありません。初段の塔矢アキラです」

何かと引き合いに出される事が嫌だった。

そのためにも人の何倍も努力してきた。

















たとえ現実がどれほど残酷だとしても・・・(2) [長編]

「ヒカル、ねえヒカルったら」

幼馴染の藤崎あかりが不貞腐れた表情のヒカルに声をかける。


小学校も高学年になると女子と一緒に歩いていたら

からかわれるからわざとヒカルはそっけない態度をとる。

いつまでも幼稚園児じゃねえぞと言ってやりたいが

そんなことを言おうものなら多分倍以上文句を言われる。


「もう!ヒカルったら」

返事をしないヒカルにむくれる。


ああ、めんどくせえ。

女ってなんでこんなにうるさいんだろう。


初恋もまだだったヒカルには女はすぐ泣くしふくれるし

面倒な存在でしかなかった。


『その面倒な事をしてあげたいと思う事が愛しいという気持ちなんですよ』

誰かが囁いた。


「えっ!?」


「何よ!突然大きな声を出して」

「今、おまえ何か言った?」


「何も言ってないよ。大体、ヒカルが早足で歩くから追いつくの

必死でそれどころじゃなかったもの」


あかりの声じゃない。

いや、声というより頭に直接響いたような・・・。


ヒカルは否定するように大きく頭を振った。


俺、もしかして寝ぼけてんのかな。


まさか夢とその事が繋がっているなんて思ってもいなかった。






今の少年は誰なのでしょうか?

私が生きていた世界とは異なる衣装に言葉。


けれどあの少年の眩しいくらいの瞳の輝きは

まさに生きている人間のもの。



私の耳に届くのはあの少年の声だけ。

だから思わず呼び掛けてしまった。

届くとは思わなかったから彼同様私も驚いた。



さて彼は私を救ってくれる存在なのだろうか?











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たとえ現実がどれほど残酷だとしても・・・(1) [長編]

どこにいるのですか?

私の声を届く人は。

私はどれだけ待てば良いのでしょうか。

はるか昔に命の火は燃え尽きたというのに

肉体は朽ちることもなく

心は消滅しないまま

生きていた時と何ら変わらない。

それなのに目を開くこともできず

起き上がることも出来ない。

神よ、何故このように生殺しのようになさるのですか?

自ら命を絶った私の贖罪なのですか?






「うわぁ!」

ヒカルは覚えていないが心が苦しくなる夢で

飛び起きた。

額からは冷や汗が流れ肌着は嫌な汗で湿った。


「・・・・なんなんだよ!わけわかんねえ」

ここ数日、同じように目を覚ます。

軽い吐き気と頭痛。

それよりも心が壊れそうなくらい悲しさ

いや、虚しさで涙が零れる。


「ああ!みっともねえ!!」

男が泣くなんて格好が悪い。


下に降りていくと母親の美津子が心配そうに声をかける。

「ヒカル、あんた顔色悪いけど大丈夫?」

「ちょっと夢見が悪かっただけだよ」

面倒そうに答えた。

「夢?怖い夢でも見たの?」

「ガキじゃあるまいし、そんなわけないじゃん」

「だったらどんな?」

朝食のトーストをテーブルの置きながら続けて聞いてくる。

適当に答えればよかったなとヒカルは思った。

親がとやかく口を出してくるのがうるさく感じる年ごろだ。

「もう俺学校に行くから」

「えっ!?まだトーストだけでしょう?」


「今日、朝礼だから早くいかないとダメなんだよ」

嘘をついた。

ヒカルは家を出るとため息をついた。


「なんでいちいち聞いてくるんだよ」









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ANOTHER STORY(51) [長編]

ー週刊碁編集部ー

「う~ん」

天野が難しそうな顔をしながら人差し指でこめかみを何度か突く。

「何か上に言われたんですか?」

同僚の記者が声をかける。

「いや。ただ最近若年層の囲碁人口が伸び悩んでいるだろう。

何か手を打たないといけないなと思ってね」

「そう言えばそうですね。少し前はちょっとしたブームでしたが」

「どうかしましたか?」

二人が話してるのを見て何人か集まってきた。

天野が同じように説明すると一人の記者が興奮気味に言った。


「年齢層を定めて碁の大会を開きませんか?」

「大会は全国何カ所か開催されてるからねえ」

「・・・・そうですね」

いい案だと思った記者は少ししょんぼりしたようだった。

「じゃあ、ジュニアのアジア大会は?」

「北斗杯があるしね。他の国の棋士が来てくれるか分からないし。

スポンサーが付かないとなあ」

「スポンサー・・・・、北斗杯でも苦労しましたからね」


一同しばらく黙ったままだった。


インドア派のしかも年寄りのものだと思われがちの囲碁を

広めるにはどうすれば良いか考えあぐねていた。


「塔矢アキラ四段を広告塔に使ってみては?」

「僕もそれは考えたんだが彼はどちらかというと

そいうものは好きではないようだ」

「では進藤ヒカル初段と二人ならどうですか?」


「・・・だが、二人はあまり仲が良くないらしい」

「そうですか?私はそう思えませんが・・・」

「一度、聞いてみるけどね」



ー数日後ー

アキラとヒカルは事務局で天野を訪ねていた。


「二人とも忙しいのにすまないねえ」

営業職のクセなのかにこやかに話を進める」


「それで、僕と進藤にどうしろとおっしゃるんですか?」

アキラは不機嫌そうに聞いた。

ヒカルは何か言うわけでなくただ腕を組んでアキラの隣に座っていた。

「週刊碁で特集を組もうかと考えているんだよ」

「申し訳ありませんがボクはアイドルでも芸能人でも

ありませんので・・・」

「俺も塔矢と同じだ。それより地方の仕事や碁会所に行って

PRする方がいいんじゃない?」

「しかし、君達も手合いで忙しいだろう?」

「塔矢と違って俺は手空きがあるから大丈夫だ」

ヒカルはアキラの方をチラッと見た。












ANOTHER STORY(50) [長編]

「帰るのか?」

アキラはいかにも不機嫌そうに言った。

「親がうるさいんだよ」

ヒカルは身支度を整えながら面倒そうに答える。


「ボクは事務的でそういうのは好きじゃない」

「これ以上俺に何かを求めるなよ」

ヒカルは寝てやってるのにこれ以上欲しがるなと

言いたげだった。


「キミは本当に好きでもない相手とでも出来るんだな」

アキラは寂しげな表情で言った。

こんな風に体を重ねても意味がない。

それは最初から分かっていた事だ。

それでも変わっていくかもしれない。

そう期待した。

そう願ってた。


「くだらねえ」

ヒカルは言い捨てると帰った。


アキラは両拳を握り締めて俯いた。

空しい。

ついさっききつく抱き合いながらお互い欲望の証を放ったのに

心が満たされない。


「ボクはバカだ・・・・」

自然と流れ落ちる涙。



ほんの少しでいい。

心を添ってくれたらどんなに幸せだろう。


今だから分かる。


「緒方さん、貴方もこんな思いをしたんですね?

ボクはようやく貴方の気持ちが分かった気がします」



俺はうまく嘘をつけているだろうか?

ヒカルは両手をジーンズのポケットに入れながら歩いていた。


想いが零れそうになるのを必死で止めるのは辛い。

『俺も同じ気持ちだから』

そう言ってしまいそうになる。

緒方さんの時とは違う。

全然違う。

あいつの切なそうな顔を見ていると自分も悲しくなる。




ANOTHER STORY(49) [長編]

「君の碁が変わった気がするよ」

緒方は含みを持たせるように対局中に声をかけた。


陽動作戦のつもりかと

アキラは思った。

同時に大人気ないとも感じた。

棋戦でもないのに負けたくないのか。

それともヒカルに対する嫉妬からか?

まだ諦めてないのか?


無意識に拳に力が入った。


それを見て緒方の口元が緩む。


動揺に気付いて喜んでいる。

意地が悪い。


「深い意味はない。ただ、艶が出たと言うか・・・・、以前のお堅い碁とは

違う気がしたのでね」

可笑しそうに笑う。


そういう勘は鋭いな。

進藤と寝た事に気付いたのか。

アキラも口元を綻ばす。



進藤は誰にも譲るつもりはない!

やり方がどんなに卑怯だと思われようと

例え進藤がどんなに自分を嫌ったとしても

絶対に手放したりしない!!


ボクはおかしいのかもしれない。

でももう知ってしまった肌の温もりを

なかった事にはできないんだ。


「いつまでもボクが子供だと思わないで下さい」

仕掛けてきた石に対抗するように強気に打ち込む。


「そのようだな」

手に入れたいものを得た君はまさに怖いもの知らずだが

君は進藤の心の奥にいる存在の大きさに気付いていない。


緒方は終局すると無言で部屋を出て行った。


アキラは一人になると大きく息をついた。


ある意味ボクは碁を利用しているかもしれない。

進藤を繋ぎ止める為の手段として。


でももう迷いは捨てた。

彼が傍に居てくれるのなら

ボクはこの道をただ歩き続けるだけだ。






ANOTHER STORY(48) [長編]

「くそっ!」

自分ではどうする事もできない流れ落ちてくる涙に

悔しそうに呻くそうに言い捨てた。


アキラの蔑む様な目が悔しかったわけじゃない。

強引に関係を結んだ事が許せなかったわけじゃない。


自分の心がアキラに寄り添おうとしていた事が

ショックなのだ。

決して嫌ではなかった。

寧ろ自分が満たされていく事が不思議だった。

緒方に抱かれた時には感じる事のできなかった感情が

自分の中に生まれていくのが分かったのだ。

それでもそれを認めるわけにはいかなかった。

流されるわけにはいかない!


何を犠牲にしても佐為を取り戻したい。

それが唯一生きる目的だから。

それが残酷に佐為を消してしまった自分ができるただひとつの償いだから。


だからアキラの気持ちに応えられない。

惹かれている気持ちを知られるわけにはいかない。






ーとあるスナックー

「緒方先生、僕は悪い人にもいい人にもなれないようです」

白川は珍しく少し酔っていた。

「・・・・・・」

その横に座っている緒方は憮然とした表情で見る。

自分が記憶する限り白川が酔って誰かに絡むところなど

一度も見た事がない。


「何て顔で見るんですか?僕だって人間ですよ。酔いたい時だって

ありますよ」

反対の光景なら何度もあった。


「・・・・・塔矢くんに進藤くんの本当の気持ちを教えてあげれば

二人とも楽になれるのを知っていながら僕はそれをしない。

やっぱり二人が幸せになるのは許せない!酷い人間だ」

「それなら俺も同罪だ」

緒方はグラスのブランデーをぐっと流し込んでボソリと言った。


「・・・・・進藤くんを大切にしたい気持ちは本当なのに

いや、もしかしたら自分のものにならないのなら不幸になればいい、

そう思っているのかもしれない」

自分に嫌気が差したように俯く。


「白川、人間って奴はそんなものじゃないか?それに俺たちがその事を

アキラくんに教えても意味がないと思う。本人が気付かない限りな」


「・・・・・・」


「みんなが幸せになるなんて安っぽい本の中だけだ。

誰から幸せになればその陰悲しむ人間がいる」

緒方は徐に立ち上がった。


「同類で傷を舐めあうか?」

「いいえ。止めておきますよ。それこそ誰も報われない」

口元だけ笑みを浮かべる。














ANOTHER STORY(47) [長編]

「・・・気が済んだか?」

ヒカルは意識を取り戻すとそう聞いた。

体はまだ痺れたままだった。


「それはキミの方だろう?意識が飛ぶくらいよかったみたいだし」

アキラは口元を綻ばせながら言った。


「うぬぼれんな!」

ヒカルは上体を起こして怒鳴った。

一瞬、アキラは驚いた顔をしたが

すぐに冷たい表情になった。


「まさかこれで済んだと思っていないだろうな」

「おまえ・・・!」


「ボクを繋ぎ止める方法が分かってるはずだ」

つまり今回の事で終わりではないと言う意味だと

ヒカルは気付いた。


「別に構わないだろう?キミのとって大した事じゃないんだろうし」


「・・・・・」


ヒカルは何も言わずに拳を握り締めた。


アキラをこんなにも変えてしまったのは自分なのだと

思い知らされた。

ではどうすればよかったんだ!?


俺はおまえとはただのライバルで居たかった。

こんな関係にはなりたくなかったんだ。

そんな事で俺達の碁を台無しにしたくなかった。



重い体を起こしてヒカルは身支度を整える。


「あまりボクを放っておかない方がいいよ、わかってると

思うけど」


その言葉にヒカルはアキラを睨んだ。


「怖いな。ボクとしては十分譲歩してるつもりなんだが」


「フン!」


ヒカルは乱暴に障子を閉めると帰った。



「キミは知らないだろう、ボクが今どんな気持ちでいるかなんて」


体は熱を放ってけだるい。

心は鋭い剣で突き刺されてるようで痛い。


「分かってた。それでも止められなかったんだ」

アキラは俯くと顔を両手で覆って泣いた。


愛しい人を無理やり手に入れた罪悪感と

心が手に入らないと思い知らされた絶望感。




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