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宵宮 [短編]

はあ~!

アキラはヒカルの横で大きなため息をついた。

「えっ?おまえ食べたいものないの?」

イカ焼きをほお張りながら聞いた。



事の発端は棋院の帰りにばったり出くわした事だった。

「塔矢」

「進藤」


「久しぶりじゃん。おまえ調子いいみたいだな」

「キミの方こそ負けなしのようだね」

「俺は低段者相手だからな。おまえとは違うよ」

拗ねたようにヒカルは唇を尖らせた。


「キミは子供のままだね」

「おまえだってそうだろう?」

「この世界に居るには正直すぎる」

「対局中には十分ポーカーフェイスだぜ。おまえが可愛げなさすぎなんだろう」

「それは幼い頃から周囲に言われてるよ」


そんな事を話しながら歩いていると

福笹や熊手を持った人と何人かとすれ違った。


「今日、宵宮だ」

ヒカルはいいものを見つけたように嬉しそうに言った。

「塔矢、ちょっと寄って行こうぜ」

ヒカルはアキラの腕を引っ張ると帰り道とは違う方向に

歩き出した。

「いや、ボクはこれから・・・」

そんな言葉もまったく聞いていないのか足早に歩く。

アキラは断るきっかけをなくし今に至る。



「キミはただ買い食いをしたかっただけだろう?」

皮肉半分に言ってやった。

「当たり前じゃん」

あっけらかんと言った。

「だったらボクが居なくてもいいじゃないか」

「こんなとこに一人で来たって面白いもんか」

そういうとヒカルは何故か俯いた。


三年前はあいつと一緒に来たんだ・・・・・・。



「進藤・・・・?」

アキラは不思議そうな顔でヒカルを見た。

「一人なんてつまんないだろう」

そういうと食べかけていたイカ焼きを口に中に入れて

くしゃくしゃと噛んだ。



「もう帰るか?」

「うん。ボクも研究会があるし」


少し気まずくなりながら二人はいつもの帰り道を歩いた。

ヒカルはずっと黙ったままで表情は沈んでいた。



分かれ道で

「無理に連れて行って悪かった」

「いや、ボクはこういうのは不慣れだから」

申しわけなさそうなヒカルを見ているとアキラは自分が

悪い事をしたような気になってきた。


「ずっと俺たちいいライバルでいような」

「ああ、勿論だ」

別れ際に笑い合えたのは嬉しいが時折見え隠れする

ヒカルの翳がアキラを不安にさせた。

そんな不安をかき消すように空には沢山の星が煌いていた。








七草粥 [短編]

「うえ~っ!なんか薬草くさいな」

ヒカルは七草粥を見るなりそう言った。

「忘年会に新年会と続いていたから少しは胃腸を

労わった方がいいいいよ」

アキラはお椀によそいながらヒカルの前に持っていった。


「まるで罰ゲームだな」


「それでなくともキミは一度大病をしているんだから」

如何にも不満そうな口ぶり。

「何年前の話だよ」

「あの時ボクがどんな思いだったか分ってる?」

「・・・・・・」

そんな事分ってる・・・!


「ボクだって年始からキミと言い争いたくないよ」

「だから今だって半年に一度は検査に行ってるよ」



「本当に頼むよ・・・!もうあんな思いはしたくないんだ」

震える身体でヒカルを抱きしめた。


「・・・・・分ってる・・・よ」

ヒカルは張り裂けそうな悲しみを抑えながら言葉を搾り出した。




年越し [短編]

「塔矢、もうすぐ紅白が始まるぜ」

「観たいんならもう少し頑張るんだな」

「別に少しくらい汚れてたって新年はやってくるだろう?」

「出来る限り綺麗にして新年を迎えようとは思わないのか?」

アキラは呆れたように言った。

「俺の出来る限りは終わった・・・」

アキラは大きなため息をついた。

まるで子供だ・・・。

「キミは子供がそのまま大人になったような奴だな」

「ガキの頃から大人ぶってる奴よりましだろ」

「・・・・そういう所が子供だよ」

ヒカルは不貞腐れて一人テレビの前に座り込んだ。



「進藤・・・」

アキラの呼びかけにも答えずそっぽを向いた。


「ねえ、進藤。ボクの話を聞いてくれないか?」

アキラは穏やかに言った。


「今年、初めて二人で年を越えて新年を迎えるから

少しでも綺麗にしたかったんだ」

「塔矢・・・・」

ヒカルの表情が変わった。

「ごめん。俺そこまで考えてなかった」

「いいんだよ。ボクも大人気なかった。これでケンカ納めにしよう。

新年早々持ち越したくないし」

「うん。分かった」


「進藤、結婚してくれてありがとう」

「俺の方こそありがとうな」



自然に重なる唇。


結局、ヒカルは紅白を観れなかった。

その理由はご想像にお任せします。


特別な日に変わった瞬間(後編) [短編]

二人で囲碁サロンで打ち出して暫く経った頃

何がきっかけだったか覚えていないが

誕生日の話になった。


「へえ、おまえ十二月生まれなんだ。それじゃ、損だな」

「損?何が」

「だってプレゼント、クリスマスと一緒にされちまうだろう?

あっ、ケーキもか」

「別に誕生日だからって特別何か貰うわけじゃないし

ボクは甘いもの苦手だから」

「ええ~!マジ!!人生の半分は損してるぜ」

「そんな大袈裟なものかな?」

「十二月が終われば正月じゃん。おまえお年玉いっぱいもらうんだろ?」

「確かに父のお弟子さんや知人から頂くけど」

「いいな!欲しいもの買いたい放題じゃん!」

「ボクは全部お母さんに渡してるよ」

「おまえ、欲しいもの無いのかよ!?」

ヒカルは目を丸くして聞いた。

「詰め碁や定石の本は碁会所や棋院で借りるし

どうしても欲しい本があればお母さんにお願いするけど」

「ふーん!俺ならゲームに漫画にお菓子いっぱい欲しいな」

「囲碁より面白いものなんかないよ」

「そのセリフ前に銀縁の怖いお兄さんから聞いた覚えある」

「もしかしてそれって緒方さんの事?」

面白そうに笑った。

その様子をヒカルはじっと見ていた。

「何?」

「おまえも笑う事があるんだなって思ってさ」

「ボクだってそれくらいあるよ」

少し不機嫌そうに言った。

それはヒカルに対してでなく自分が不用意に隙を見せてしまった事に

対するものだった。


よく考えればボクは彼の事をよく知らない。

知っているのは名前と同い年である事くらいだ。


何よりおかしいのはボクが彼を此処に誘った事だ。

ボクは人に興味を持つ事なんて無かったはずだ。



「塔矢、明後日おまえの誕生日だよな?」

「ボクは日まで話してないが・・・」

「さっき芦原さんから聞いたんだよ」

あの口の軽さはいつか身を滅ぼすぞ。

ボクはそう思った。


「それで何?」

「何か欲しいもんある?」

ボクは彼のその時の顔が今も忘れられない。

とても温かくて優しい笑顔だった。

それはボクが心を奪われた瞬間だった。



それから進藤は毎年何かをボクにくれるようになった。

それは決して特別なものでもなく高価なものでも

なかったがボクにとっては大切なものになった。

何故ならボクが初めて好きになった人からの贈り物だったから。












特別な日に変わった瞬間(前編) [短編]

それまで十二月十四日はボクにとって余り意味が無かった。


幼い頃は母が気を遣って三人でホールケーキを

買ってお祝いしてくれた。

それはそれで嬉しい事だったけれど。


そして小学校に入学した頃から両親が棋戦で不在が多くなった。

「アキラさん、ごめんなさいね。お父さんが京都で名人戦の防衛が

あってお母さんも同行しないといけないの」

「ボクは大丈夫だから気にしないで」

心配そんな顔ですまなさそうに謝る母が少し可哀想に思えた。

お母さんが悪いわけじゃない。

だからと言ってお父さんが悪いわけでもない。

仕事なんだから。


そんな時、気を遣って食事に連れて行ってくれたのは

緒方さんと芦原さんだった。


「今日、アキラ誕生日だろう?」

囲碁サロンで碁石を並べてるボクに芦原さんが話しかけた。

それにお客さんや市河さんが素早く反応する。


「言ってくれたらケーキでも買ってきたのに」

「そんな事言ってないで今すぐ買って来なよ」

「ええ、そうね」

「いいです。ボク甘いもの好きじゃないし」

余計な事を大声で言った芦原さんに少し腹が立った。

「子供らしくないな」

「子供が甘いものが好きだというのは芦原さんの偏見です」

囲碁の勉強しているボクの邪魔をするように

話しかけてくる芦原さんが面倒だった。



「芦原、それ以上言うとアキラくんが怒って帰ってしまうぞ」

芦原を諌めたのは緒方だった。

「緒方さん」

「緒方先生、お久しぶりです」


「夕飯は俺と飯に行こう」

「いいえ、帰って自分で何か作ります」

「先生に何か食べに連れて行ってやって欲しいと

頼まれたんだ」

「お父さんが?」

意外だった。

父がそんな心遣いをするなんて。

いやもしかしたら母が緒方さんにそう言ったのかも。


「じゃあ、僕も連れて行って下さいよ」

「構わんが自腹だぞ」

「ケチだな」

「今日はおまえの誕生日じゃないだろう」

「そうですけど」

この人たちは当の本人を無視して話を進めている。


「男ばかりじゃ、味気ないから市河さんも一緒に行きましょうよ」

「おまえ、勝手に進めるんじゃない」


芦原さんは以前から市河さんの事が好きらしい。

ボクの誕生日を口実に誘うつもりなんだ。

こういう所が可愛げがないと言われる所以だろうな。


アキラは幼いながらも大人の感情を読み取るのに長けていた。


こんな誕生日が何回か続きある年を境に特別な日に変わった。


それは進藤ヒカルという同い年の少年と出会いお互いが

かけがえの無い存在になってからだった。



















少しずつ変わっていく・・・ [短編]

二人で囲碁サロンで打ち出して暫く経った頃

何がきっかけだったか覚えていないが

誕生日の話になった。


「へえ、おまえ十二月生まれなんだ。それじゃ、損だな」

「損?何が」

「だってプレゼント、クリスマスと一緒にされちまうだろう?

あっ、ケーキもか」

「別に誕生日だからって特別何か貰うわけじゃないし

ボクは甘いもの苦手だから」

「ええ~!マジ!!人生の半分は損してるぜ」

「そんな大袈裟なものかな?」

「十二月が終われば正月じゃん。おまえお年玉いっぱいもらうんだろ?」

「確かに父のお弟子さんや知人から頂くけど」

「いいな!欲しいもの買いたい放題じゃん!」

「ボクは全部お母さんに渡してるよ」

「おまえ、欲しいもの無いのかよ!?」

ヒカルは目を丸くして聞いた。

「詰め碁や定石の本は碁会所や棋院で借りるし

どうしても欲しい本があればお母さんにお願いするけど」

「ふーん!俺ならゲームに漫画にお菓子いっぱい欲しいな」

「囲碁より面白いものなんかないよ」

「そのセリフ前に銀縁の怖いお兄さんから聞いた覚えある」

「もしかしてそれって緒方さんの事?」

面白そうに笑った。

その様子をヒカルはじっと見ていた。

「何?」

「おまえも笑う事があるんだなって思ってさ」

「ボクだってそれくらいあるよ」

少し不機嫌そうに言った。

それはヒカルに対してでなく自分が不用意に隙を見せてしまった事に

対するものだった。


よく考えればボクは彼の事をよく知らない。

知っているのは名前と同い年である事くらいだ。


何よりおかしいのはボクが彼を此処に誘った事だ。

ボクは人に興味を持つ事なんて無かったはずだ。



「塔矢、明後日おまえの誕生日だよな?」

「ボクは日まで話してないが・・・」

「さっき芦原さんから聞いたんだよ」

あの口の軽さはいつか身を滅ぼすぞ。

ボクはそう思った。


「それで何?」

「何か欲しいもんある?」

ボクは彼のその時の顔が今も忘れられない。

とても温かくて優しい笑顔だった。

それはボクが心を奪われた瞬間だった。



それから進藤は毎年何かをボクにくれるようになった。

それは決して特別なものでもなく高価なものでも

なかったがボクにとっては大切なものになった。

何故ならボクが初めて好きになった人からの贈り物だったから。












月が綺麗な夜には [短編]

ヒカルは塔矢邸の縁側に腰をかけて

一人眺めていた。


「そんな所に居たら風邪ひくぞ」

アキラが少し離れた場所から声をかけた。


「おまえも来いよ。月が綺麗だ」


「キミがそんなにロマンチストだとは知らなかったよ」


「月は儚げで消えてしまいそうだけど

その内面は何にも負けない強さが隠されてる」


「キミはさしずめ太陽だね。いつも笑っていて生き生きと

しているから」

「・・・俺は月の様な力強さが欲しい」


キミはまたあの人を想ってるの?

歯がゆい。

手を伸ばせばキミに届くのに

心の奥までは触れられない。


アキラは上そうとした手を躊躇いがちに戻した。


「温かい飲み物でも持ってくるよ」

「うん。ありがとう」


ヒカルは飽きる様子も無く月を懐かしそうに

見つめていた。







ヤボ用 [短編]

「ああ~!!休みがねえ!!!」

そう叫んでいるのは和谷。

それを冷たい目で見ているのは越智。

ごまかすように笑っているのは伊角。

「最近、休みらしい休みねえじゃん!」

「グチってないで少しは手伝えよ」

ヒカルは椅子を両手に持ち怒りながら言った。

その言葉に促されるように伊角たちも椅子を運んだ。

それでも和谷は両手を組んで仁王立ちだった。


今日は「文化の日」でそれにちなんで

日本棋院で囲碁交流会が開催される。

ヒカルたち下っ端はその準備にかりだされたという訳だ。


「大体、なんで塔矢がいねえんだよ。不公平じゃねえか!」

「和谷、リーグ入りした塔矢にそんな暇あるわけないじゃないか」

越智が不機嫌そうに言った。

「ただの段の差じゃねえってか。あいつも随分とえらくなったもんだな」

「悔しいなら自分もリーグ入りしたら?」

「なに~!!」

和谷は両拳を握って叫んだ。

「本当の事だろう?」

「てめえ~!」

殴りかかりそうな和谷を伊角がなんとか止めた。

「和谷、八つ当たりはやめろ」

「だって伊角さん」

「悔しい気持ちはわかるさ。だけどこれが俺たちに生きる道なんだ」

「・・・・・」

「俺だってこのままじゃない!今はまだまだだけどな」

ヒカルはいたずらっぽく言った。

「進藤・・・」

「最初はみんな初段だ。腐ってる暇なんてないだろう」

「しゃーねえ。さっさと片付けてメシにしようぜ」

和谷はさっきまでの態度が嘘のように我武者羅に動き回った。


数時間後、用意を終えるとペットボトルのお茶が配られた。



「こんな風にお茶を飲んだ事が懐かしいなって

思う日がいつか来ると思うぜ」

ヒカルは味わうようにお茶を飲みながら言った。

「年寄りくせえな」

「うっせーよ」

ヒカルは肘で和谷を突いた。






ボクがキミに出来る事 [短編]

「どうしようもない事ってのはあるんだよ」

キミはボクにそう言うと少しだけ俯いた。

声から伝わってくるのは怒りでなく

諦めでもなく深い悲しみに思えた。



「それでもボクは人の想いは何にも勝ると思うよ」

「・・・・俺も以前はそう思ってた。だけどどんなに望んでも

あいつは戻ってきてくれなかった」

「・・・・・・・」

キミがそんなにも会いたい人は誰なんだ?

ボクはそんなにもキミの心の中にいるその人が

羨ましい・・・。

いや、憎い!


黙ったままのボクに追い討ちをかけるように

キミは続けた。

「俺の心の中とか言うなよ。俺はあいつに会いたいんだ。

あいつの笑顔が見たいんだ。あいつの声が聞きたいんだ」


なんて皮肉なんだろう・・・。

キミの想いが叶えばボクの想いが潰える。



それはいつかボクが感じた。

大きな壁に似ている。


幼い頃、父の背中を追いかけていれば

ボクの夢が叶うと思っていた。

でも突然キミがボクの目の前に現れてそれは儚く崩れ去った。

それがボクが初めて味わった挫折だった。


それを認めるのに時間がかかったけど

挑む事を止めなければ再び歩き出せる事を

教えてくれたのもキミだった。


ボクはキミに何をしてあげられるだろう。

ボクの想いを閉じ込めてキミを支えてあげれば良いんだろうか?


今はただそんな悲しそうなキミを見るのが辛い・・・。









伝えたかった想い [短編]

もっと色んな事をあいつに教えてやりたかったなあ。


ヒカルは日本棋院の帰り道、薄暗くなった空を

見上げながら佐為を思い出していた。




すい込まれそうな美しく大きな月が見えた。

妖艶なという言葉が似合うくらい綺麗だった。


俺、頑張ってるよ。

まだ塔矢にも追いついてないけど

少しは距離が縮まってると思う。


打てば打つほどおまえの凄さを思い知らされる。

分かってるつもりだったおまえの強さだけど

プロ棋士たちがおまえと打ちたがった気持ちが

ようやく分かってきた気がする。



佐為、おまえは好奇心が強くて物珍しいものを

見つけると子供みたいに嬉しそうに目を丸くして見ていたな。

そんなおまえを見て俺はおかしくて笑っちまって

怒らせたけど大人のおまえが可愛く見えたんだ。

だから思わず笑って誤魔化した。


俺の想いは伝わってた?

おまえが好きだって気持ちに気付いてた?

それは今も変わらないよ。


おまえは俺の事好きだった?

俺しか見えないおまえだから

仕方なく俺で我慢してくれてたのかな?


俺を選んで現れてくれたんじゃないけど

おまえに会えてよかったよ。


俺はおまえが居なくなって心が壊れるくらい悲しかったけど

出会わなければよかったと思った事もあったけど

おまえと会えてよかった・・・・!








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